2009、7

2009年7月に仙台市内でリハーサルスタジオをオープンさせたことがあるのですが、もう、まったく素人が思いつきで始めたようなもので、音楽関係者の方にコネクションがあったわけでもなく、ホントに集客するのに苦労したものです。

 

そんな初期の頃に出会った2つのバンドが、そのスタジオの運命を変えたって話しです。

 

まずは「too」。

私の奥さんが東北大学の工学部で働いていまして、まったくスタジオにお客さんが来ないから東北大学のサークルにチラシ置いてもらって!って頼んだところ、奥さんのいた研究室の助教授の研究室にいたブーリンに話しをしてくれたらしく来てくれたバンドでした。

結構ハードな感じのバンドだったような記憶が(うっすら・・・)

その後東北大学のサークルのお客さんがすごく増えたのは「too」のお陰と言っても過言ではありません。

ブーリンやドラムのマコト君は元気かなぁ・・?

そしてなんといっても「too」でベースを弾いてたのが齋藤ジョニー君でありました。当時スタジオにGrecoのSGのWネックのギターを置いていて、それでZepplinとか弾いてたのを観て「ベースなのにギターがメチャ上手いなぁ!」とジョニーに言った記憶があります。

まぁ、のちにギターが本職って知りましたが。

いまや人気者なのでうかつに声をかけられなくなりました。

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そして「ソンソン弁当箱」。

やってたスタジオを他と差別化するために24時間営業で!って、そりゃ最初は深夜にくるお客さんは皆無で掃除に明け暮れていたものです。

そんな時、深夜1時ころに電話が鳴って「今からスタジオ入りたいんですが空いてますか?」って電話をよこしたのがソンソン弁当箱でした。

当時は「ノットクライアント」の最後期だったらしく、会員登録をしてもらったときに「バンド名を変えるんで、新しいバンド名を書きますが、まだバンド名は内緒にしておいてください。」って記入した名前が「ソンソン弁当箱」でした。

私は「なんでこんな夜中に練習?」って聞いたら「今日ライブだったんですが、全然ダメだったので練習に来ました」って言ってて、なんて真面目な!と思ったものです。

ボーカルのカジカ君は若いのに(うちの娘の1つ上?)「INU」とか「リザード」とか「フリクション」や「ヒカシュー」とか80年代の邦楽ロック、ニューウェーブシーンが好きらしく朝までロビーで話しをしたなぁ。

すぐに彼らのライブを観に行ってパフォーマンスのクオリティの高さに驚きました。

あの頃はベースのジェットが高校3年で受験の為にベースがサポートでした。(ジェットとうちの娘が小・中学の同級生だったって知ったのはかなり後の事)

仙台の10代には絶大な人気だったので、ソンソン弁当箱を慕うバンドがたくさん来てくれました。

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